こころ軽やかな暮らし

東京で暮らしていると、知らず知らずにイライラしてしまいます。少しでも、余裕 を持てるようにと暮らしを考える日々です。



 

四年前も同じことをしたような気がしますが、今年も帰宅は間一髪のところで帰ってこれました。

四年前は、新宿の駅で中央線が止まったという放送を聞いて、西武新宿線で帰宅しました。

これが中途半端に途中駅で止まったら、歩いて帰るしかありませんでしたから、大変なことになっていたことでしょうね。

今年は早めに帰宅したので、普段より15分位遅くなったくらいで帰ることが出来ました。

ただ西武新宿駅は、もはや大勢の人でちょっと危険な状態でした。



午後5時頃の西武新宿の様子です。

 

毎回思うのですが、雪が降る予報の時雪用タイヤやチェーンを持たずに車で外出するのでしょうかね?

自宅の最寄駅を出たところで、外車が一台立ち往生していました。

若い男性が一人で外に出て押していましたが、ビクトもしていませんでした。

記憶では、四年前の大雪では環八に立ち往生した車が大量にあったようです。

トラックのドライバーの人に聞いた話ですが、このときは練馬インターから世田谷の事務所に戻るのに12時間位かかったそうです。

今回は、どうなることでしょうかね??

 

雪が降ると普段見慣れた風景も違ったものになりますよね。

阿佐ヶ谷神明宮

阿佐ヶ谷の神明宮は、神秘的な雰囲気になっています。

東北のような景色ですよね!!

娘がバイトの帰りに撮影したものです。

阿佐ヶ谷から自宅まで歩くと普段だと25分位の所を、50分近くかけて歩いてきたとのことです。

バスも混んでなかなか乗り切れませんからね。

 



午後九時ころに撮影したものですが、明日雪かきしないといけませんが凄い雪の量ですよね。

私は明日定休だし息子は開校記念日で休み、唯一娘だけが学校ですが、行かないと言っています。

明日の交通機関の乱れは、想像するだけでも暗くなってしまいますよね。

 

本当に東京は、雪に弱い都市です。

 

不安は、心の漏電。結果に執着しないことが不安を作らないもと。

 

人間は、生活しているといろいろな心配事が浮か日、不安になってしまいます。

先日のブログで、息子が卒業旅行に行くとい話をしました。

親として無事帰ってくるまで、やはり心配です。

心配事は、常に渦巻いています。

一寸先は闇


人間は「一寸先は闇」という状況の中で、闇がないような顔をして生活しています。

でもふとした瞬間に、闇を実感してしまいます。

結果がわからないという闇に、人は心配し不安になってしまいます。

そして心配が不安を、どんどん大きくしてしまうのです。

 

心配自体は、ある意味自然な感情だと思います。

心配事は準備をすれば回避できたり、最小限に済ますことが出来ます。

心配を回避するための行動は有益ですが、心配から生まれた不安をただ不安として堂々巡りしていては、心のエネルギーはどんどん漏電し、無駄になってしまいます。

心だけではなく体も消耗してしまいます。

結果に執着する心


心配や不安は、結果にばかり執着するから大きくなっていくのです。

目的のために最大限の努力をしたならば、結果に必要以上に執着しないことです。

 

努力したとしても、すべての人が満足する結果はありえません。

結果は、敗北ということのほうが多いかもしれません。

 

ただ絶対言えることは、努力したという経験はその人に残ります。

この経験は、我々にとってとても価値のあるものです。

執着する心が不安を作り、良い結果以外を受け入れない狭い心を作り上げますよ!!

まとめ


結果がどうであれ経験は残ります、不安になることを恐れ何も挑戦しなければ経験値も上がらず成長はありません。

 

結果に向かって最大限の努力をして、でも結果の善し悪しに執着しない気持ちが重要ですよね!!

 



 

「今日は元気がない」なんて言う言葉を、よく吐いてしまいますよね!!

忙しすぎたりすると、段々と元気がなくなってしまいます。

そうかと思えば、常に元気が満ち溢れている人もいます。

 

疲労しきっているときは元気も出ませんが、そこそこの体調のときでも元気が出ない時があります。

 

普通に体調のときですら、元気が出ないというのは問題です。

 

「空元気」という言葉があります。

上辺だけの元気という意味です。

 

でも空元気を、演出しているうちにほんとうに元気になってきます。

 

気分が落ち込み元気が出ない時、元気よく挨拶をする、それで少し元気になれます。

 

掃除をするのも良いことです。

 

キレイになるという達成感が、気分を向上させます。

 

元気は、自分なりの方法で作り出すことが出来ます。

 

と言うより作り出すほうが良いのです。

 

ふさぎ込んだりだるいと感じ続けるより、元気のほうが良いですからね!!

 

元気が出ない時、元気を無理矢理にでも作り上げましょう!!(無理かな?)



 

うちの息子は、高校の友達三人で、明日から一泊で山梨の方面へ卒業旅行に行くようです。

私が高3の時に、卒業旅行なんて発想も社会的にもありませんでした。(おそらく)

それに、高校生が仲間と個人旅行なんて、経済的にも無理でした。

息子は週4~5日アルバイトをしてますから、親より自由になるお金が多いかもしれません。

 

うちの妻は明日出発なので、下着を買ったり防寒着をどうするかといろいろ悩んでいますが、本人はいたって無頓着です。

どこの家もそうかもしれませんが、親の方がヤキモキしてしまうものですよね!!

 

 

我が家には一泊旅行に適したバックがなく、私の通勤用のリュックを提供することになりました。

代わりに息子が以前使っていた、小ぶりのリュックを使うことに。

今日それを使って通勤しましたが、このサイズでも十分で今使っているのは大きすぎるなと今更ながら思ってしまいました。

着替えや書類を持っていくときには、今のサイズのリュックでないとだめなのですが、弁当だけしか持っていかないときはこれで十分です。

小さいほうが軽くて良いですよね!!

 

私も妻につられ、カメラの充電したりと、少しですが面倒を見始めました。

息子が動かないで、妻がソワソワしてると、つい手を出してしまいます。

 

うちの息子は好きなものには凄く集中しますが、着るものとか普段の生活はいろいろ無頓着です。

母親がイロイロ口出しをするのですが、反応が鈍くいつも妻はイライラしています。

 

私も学生の時、合宿の持ち物を、母親に言われるままに持っていって大荷物になり懲りた事が有ります。

それから自分のことは、自分で判断しないといけないと少し成長しました。

 

経験が人を成長させます。

 

「かわいい子には、旅をさせよ」と言いますから、同級生三人での旅行は人生の糧になることでしょうね!!

 

若い時の経験は、いろいろ身についてきます。

 

息子は進学先も決まっていますから、2月は日帰りでも良いですから小旅行を一人で行くのも良いかな?と思い勧めています。

何分息子は方向音痴で、都内ですらほとんど自分一人で出歩いていません。

高校もアルバイト先も自転車でいける範囲で、ほとんど交通機関を使った事が有りません。

受験の時は、会場までのアクセスでは随分スマフォとにらめっこしていました。

今回の旅行は、友達が企画してくれた物のようで付いて行くだけですから、その部分の成長は見込めません。

 

「目指せ自立への、小旅行!!!」なんて((´∀`))

 



 

今週は在ってはならないことなのですが、ダブルブッキングをしてしまいました。

ちょっとした不注意からのミスです。

すぐ気づいたので、携帯番号のわかるお客様にお願いして変更していただきました。

このお客様は、常連なので変更していただけましたが、だめですよね!!

女性のお客様なので、それなりのお詫びをしないと。

信頼を大事にしないと


ここで注意しなければならないのは、ミスしたことだけではなく信頼を失う危機であるということです。

人は初めてあった人のことは、あまり信用しませんよね。

長い時をかけて信頼を作り上げていきます、でも信頼を壊すのは簡単です。

ミスは人間ですから起こしてしまうことですが、信頼を崩さないように色々配慮しないといけません。

誠意を持って当たらないといけません。

約束は守ることが人間の基本


よくテレビドラマで、お父さんが子供との約束を破るシーンがありますよね!!

子供との約束と、会社の仕事を天秤にかけ会社を優先させるのはけしてよくありません。

約束は、先着優先です。

先に予約(約束)入れた方が優先されなければ、これを出来なければ信頼は作り上げていけませんよね!

約束を破ってもあの人なら許してくれると甘えてしまう事があります、それを繰り返していくと自分の誠意はどんどん小さくなっていきます。

誠意のない人間は、どんなに繕っても魅力のない人間です。

小さな約束、それが子供であっても、必ず果たさなければなりません。

子供に大人は、約束を守らないものだという悪いインプレッションを与えてしまいます。

その子供もおとなになると、平気で約束を破る人間になってしまうかもしれません。

まとめ


小さな約束すら守れない人が、重要な約束を信頼され結ぶことが出来るでしょうか?

難しいと思います。

日頃から約束は先着優先で守る習慣をつけることが、魅力ある人間への基本です。

 



 

人間生きていくと自分の意志では、どうにもならない事がとても多くあります。

ですから、人間は古来から予言や占い、良いことが起きるようにと神に祈ったりしてきたわけです。

本当に人間は、「一寸先は闇」という状態を生きているわけですからね。

惰性で生きていないか?


職場や家庭環境によっては、自分の意志で物事が進められないことも多々あることでしょうね。

逆に依存心が強く自分が主体となることを、避けている人もまたいます。

 

子供の時は、進学する学校や就職先まで親が決めてしまう事が有ります。

それに反発する子もいれば、従う子もいます。

親の支配が強ければ強いほど、子供は自分の人生を主体性なく過ごしてしまいます。

もしくは、大きな反発により親子関係を壊してしまうこともあるでしょうね!

 

人間多かれ少なかれ、惰性で一日を過ごしてしまいがちです。

惰性の中では、親や社会からの拘束から抜けられず、自分が主体となり生きているという意識を失いがちです。

主体的に生きるための第一歩


自分で決め自分で実行できることを、毎日続けることが主体的に生きるための第一歩です。

そうすると、主体的に生きている、自分が自分の人生の中心にいることが徐々に自覚できます。

特にお薦めしているのが、寝る時間と起きる時間を、決まった時間にすることです。

勤務時間が一定しないなど出来ない人もいるでしょうが、多くの人で実行しやすいことです。

「夜遅くまで動画を見ていたい」「布団の中でダラダラしていた」という、理屈や感情を封印します。

寝る時間と起きる時間を決めることで、規則正しい生活になります。

規則正しい生活からは、目標を持った行動を実行しやすくなります。

ダラダラした生活態度は、負の感情を作りやすくなり、目標の妨げになるような行動を容認しやすくなります。

自分で決めた規則正しい生活を続けることは、目標を持ち自分が自分の人生の中心にいるという自覚を持てます!!

 

行動は、思い立ったら即やることです、いついつからやろうとか、なになにが整ったらやろうと変な条件をつけないことが鉄則です。
さあ実行です!!



 

一は自分の人生を、人の目にどう映るかという事を考えて生きてしまいます。

これを、承認欲求と言うのかもしれません。

自分が自分らしく生きる、自分の人生の主役にならなければ、人生は虚ろなものになってしまいますよ。

自分の行動を、人が認めてくれそうだという他人の目でなく、自分はこれをしなければならないという自分の意志で動くことが必要です。

他人はなかなか自分を認めてくれませんが、自分は自分を認めることは可能です。

自分を認めるのに必要なことは一つ、他人との比較という尺度を捨てることです。

比較している自分がいたら、なんで比較しているか一歩引いた自分で自分を観察する習慣を作っていけば、他者と比較しなくなりますよ!!

人生訓練で変われます。

 

日常は常に「人間万事塞翁が馬」ということです。

 

いきなりタイトルが、ちょっと意味不明ですいません。

「人間万事塞翁が馬」とは
人間万事塞翁が馬とは、人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。

出典:故事ことわざ辞典

人間の日常は、良いこともあれば嫌なこともあります。

これは人生の定めであり、特に辛いこと嫌なこと恥ずかしいことなどは人間を成長させる大きな出来事です。

でもその場で辛く、後になってもそのことは思い出したくないということも人生には多々あります。

過去に戻ってやり直したいと思うことは、色々あります、でも出来ませんよね。

もしやり直せたとしても未来が変わってしまうでしょうから、違う失敗をすることでしょうね。

 

「反省しても、後悔するな」ということです。

 

人間の日常は、幸・不幸は常にやってきます、それを一々判断してあまり喜んだり悲しんだりしてはいけないということです。

良いことだと思ったことが後に大きな不幸となったり、なんてツイテナイと落ち込んだことが大きな飛躍のきっかけとなった、などということはゴロゴロしてますよね。

 

特に最悪のことが起きたとしても、目の前にある出来ることを淡々とこなしていくことが重要と私は最近思っています。

 

もちろんあまりの衝撃や悲しみ怒りなどの大きな感情の最中は行動に移るのは危険ですが、いつかはその感情も落ち着きます。

激しい感情でないときは、即できることから始めていくべきです。

頭が混乱して良い行動ができないときは、とりあえず掃除をして悪運を払うという気持ちで、掃除をしましょう。

 

私も同僚の死で泡を食ってしまいましたが、今は出来ることから始めています。

でも最初は、とりあえず整体院の入り口を掃除しました。

 

出来る人間の死は組織にとって大きな打撃ですし、人手不足のこの時代後任が入るめどはありません。

今いるメンバーで出来ることはして、後は大きな流れに身を任すしかありません。

今が最悪と思いこれからは、良い方向に登っていくと思うことにしてます。

そして、掃除を一生懸命やることも続けます。

 

日常は常に続きます。

そして、なんて言っても、「人間万事塞翁が馬」ということです。

 

玄関はその家の顔。覚悟を持って通るところ!

 

日本人の殆どの人が実践しているかは別にして、玄関は綺麗でないといけないと思っているのではないでしょうか?

実際は汚い家が、多いでしょうけどね!!

罪悪感を持ちながら、毎日玄関を使っているのは精神衛生上良くありません

罪悪感すら感じないようだと、性格大丈夫と心配してしまいます。

我が家のルール


我が家はすごく綺麗ということはありませんが、少なくとも靴だけは揃えるようにしています。

あとは、家にいる人の分一足とサンダルが一足だけしか出てないようにしています。

全員出かけたあとは、サンダル一足だけが出ている状態です。

妻の長いブーツだけは、たまに出っぱなしになっていますがね!!

収納場所が、ちょっと使いにくい場所なので放置されがちです。

 

女性週刊誌の広告で、玄関に幸福を呼び込む鏡とか水晶など見かけます。

皆さん幸福や運気などのために購入するのでしょうね!!

玄関のほんとうの意味


何気なく使っている玄関という言葉は、もともとは禅から来ている言葉です。

「玄」という字は、奥深い悟りの境地という意味です。

関所なんと言葉があるように「関」は、入り口というこです。

禅宗では、「玄関」とは悟りへの道に踏み入れる入り口ということになります。

鎌倉時代は、禅寺で住職が住む部屋に向かう入り口のことを、玄関と呼んでいました。

玄関とは、深い悟りをつかむために覚悟を持って通る入り口のことだったのです。

これが江戸時代になると、一般の家の入口をも玄関と呼ぶようになり、現在では覚悟もなくただ外と内の境になってしまっています。

言葉の変遷は、面白いですよね!!

 

まとめ


人間生きていれば楽しいことより、辛いことのほうが多くあります。

特に外の世界には、多くの困難があります。

困難に打ち勝つ覚悟を持つという意味でも、玄関は綺麗に靴は揃える、これ生きる基本ですよね!!

本当に起こってしまいました!!死への準備、エンディングノートを!!

 

一昨日のブログが、「世の中、諸行無常ですね!!突然何が起こるか分からないですね!!」というものでした。

その中で、スタッフの一人が突然出勤しなかったということを書きました。

悪い予感通り、亡くなっていました。

ただご冥福を、祈るのみです。

 

前日まで元気に施術していたのに・・・・・・・。

 

その方は前日、母親が入院して意識不明の状態だと言っていました。

姉さんがいるようなので、二人で対応していたのでしょうが、やはり心労があったのでしょうかね?

その方は独身ですから、姉さんがこれからすべての処理をすることになるのでしょうが、大変なことです。

 

我々整体師の多くは自営業ですから、確定申告をしないといけません。

死んでもこれはやらないといけません、同居の家族だとしても代わりに申告するのは難しい事なのに、兄弟で別々の暮らしをしていたろどうするのでしょうかね。

 

私も今年還暦です、いつ突然死してもおかしくない年齢です。

真剣にエンディングノートを、作らないといけませんね。

 

ある医師の書いていたもので、「死ぬならガンが良い」という趣旨のことを思い出しました。

ガンだと余命が推測できるので、死への準備ができるからガンが一番良いとのことでした。

多くの患者を、看取ってきた医師だから言えることですね!!

 

60代死への準備始めます。

 

 

掃除は、運気を上げるだけじゃない!!心もクリーンに

 

うちのカミさんは12年くらい前懸賞応募にハマっていた時があります。

その時良く、「懸賞当てるために掃除しなくちゃ」と言い多少掃除していました。

実際テレビやデジカメなど結構当てていました。

懸賞を当てたことのない私には、驚異の出来事です。

カミさんのお母さんもこれまた、良く懸賞に当たっていたようです。

結婚した当時、ラーメンのマルちゃんのマークの付いた鍋とか懸賞で当たった物をいくつか実家から持参してました。

 

最近は掃除をする気力が無いようで、懸賞に応募してないのか当たらないのかわかりませんが、当選品はほとんど見た事がありません。

 

現在カミさんの使っている部屋は、とても汚れています。

でもこれをうっかり言うと、とても怒るので言えないんですよね。

以前懸賞に燃えていた時代に、戻ってほしいものです。

 

今私は、「禅、ていねいな生き方: 手は抜かず、力を抜いて暮らす習慣 (知的生きかた文庫)」という本を読んでいます。

禅の修行と言えば、座禅と我々素人は考えてしまいます。

しかし、禅の言葉に「動中の工夫は静中の工夫にまさること数百万倍」というものがあるそうです。

座禅に精進するより、掃除に精進する方がはるかに優っているという意味のようです。

若い禅僧は、座禅より廟堂の掃除の方が重要な修行となります。

「掃除は自分の心を掃き清めることに通じる」と言うことのようです。

風水の本などでも、自分の部屋の有り様が自分の心の中を表しているといいます。

部屋が心お表すのであれば、その部屋が埃で汚れていたり乱れているという事は、心も汚れ錯乱しているということです。

心が乱れ落ち着かない時は、まず自分の部屋を掃除する事です。

私は最近では、時間が取れませんが気がついたホコリやゴミはなるだけ気が付いた時に取るようにしています。

最近自分の変化として、あまり怒らなくなりイライラしなくなったような気がします。

まだまだ至らない点ばかりですが、還暦直前になり少し落ち着いてきたような気がします。

細かい所の掃除、修行と思い続けていこうと思っています。

 

 

世の中、諸行無常ですね!!突然何が起こるか分からないですね!!

 

いきなり「諸行無常」なんて言うと驚いてしまいますが、このところ周りで予測しないことが起こるのでこの言葉を使ってみました。

 

「諸行無常」とは、この世の中のすべてね物は、変化し元の状態と一緒の物はないというような意味です。

永遠に変化のない物は、決してないということです。

 

人間の体は3か月くらいで、心臓や脳神経の一部を除き細胞は入れ替わっていきます。

昨日の私と今日の私では、細胞レベルでは入れ替わっているのです。

 

私の周りの変化は、こんな大げさな言い方するほどのことでは無いのですが、年を取るとすぐ考えすぎてしまいます。

 

私は整体師をしてますが、うちの整体院では先月ちょっとしたトラブルから長年貢献してくれた受付事務のスタッフが辞めてしまいました。

こんなに突然あっけなく人が辞めてしまうとは、呆然としてしまいました。

それで事務処理は、今では私が一人でやるはめに!

と言いつつも割と事務処理は好きなので、それほど苦痛ではないのですが、忙しい時はね困ります。

そして今日は、突然スタッフの一人が無断欠勤。

とても真面目な方なので嫌な予感がよぎるのですが、携帯以外連絡先が分からずどうするか思案中です。

 

ことわざで「十年一日の如し」などというのは、よほど稀なことなのでしょうね。

逆に言えば、変わっていくのが当たり前と考え、変化に自然と対応できる心が必要です。

 

 

「お金は何もしなければやってこない」真理ですよね

 

うちの息子が、バイトから帰ってきてマッサージしてくれと私の部屋にきました。

バイトで疲れたと愚痴りながらも「お金は何もしなければやってこないからな!!」と呟きました。

驚くほどの真理を突いているなと、驚いてしまいました。

そう人間は、何もしていなくてもお金を消費ていきます。

生きているということは、エネルギーを消費していますから、そのための食物が絶対に必要となります。

現代社会では食料は、お金なしには手に入れることは出来ません。

お金は、特別な例外を除けば何らかの行為(労働)をしなければ私たちの所にはやってきてくれません。

 

仕事って重要ですよね!!

 

うちの息子は高校二年生からバイトしていますが3年の3学期、ずいぶん成長したものです。

テスト期間中にもバイトに行ったりして、「大丈夫なの?」と心配もしてしまいましたが、成長しているようです。

受験勉強だけでは、人間関係の難しさは学べませんし、お金を稼ぐ大変さはやはり知っておくことが重要です。

バイト先には、違う世代の人たちが居ます、そういう人たちと仕事をすることで多くを学び、遊んでいるようです。

息子と話してみて、成長を感じた今日この頃です。



 

成人式の日は、不思議とあまり天気が良くないような気がします。

ただ現在ハッピーマンデーで微妙に日にちが違いますから、東京の成人の日の天気率は分かりません。

ちなみに1981~2010年までの日別天気出現率だとわかります。

晴れ   曇    雨    雪










7日 66.7 16.7 10.0  6.7











8日 66.7 10.0 13.3 10.0











9日 76.7   3.3  6.7  13.3

9日の方が、8日より10%くらい晴れの出現率が高くなっています。

8日に成人式が来ると天気が悪い確率が高いようです。

詳しくは東京の日別天気出現率を見てください。

 

毎年新成人の暴走が話題になりますが、20歳でもう大人というふうに考えるから異常と思ってしまうのです。

大人とは、経験を積んで分別がついた人のことを言うはずです。

ただこの年齢に達したから大人というのは間違いです。

将棋の藤井聡太4段は、中学生といえどもその立ち振る舞いはもう大人と言ってよいでしょう。

私の周りにも居ますが、50・60になっても考え方が、自己中心的で全くの子供と言って良い人もいます。

自己中心的な人は、何か問題が起きその人に責任が起因しても言い訳ばかりするような見た目だけのオトナを言います。

大人とは、自立して責任を取れる人が大人・成人と言えるのであり、年齢で決めるべきではないのかもしれませんね!!

とは言っても、法律・制度はどこかで線引きをする必要がありますから、18であろうが20であろうがこれは社会として必要です。

 

苦労が、人を成長させます。

 

私も親をやっていますが、そうは言っても子供に苦労させたくないという心はよぎってしまいます。

そう考えると子供は、早く親元から離れた方が良いということなのでしょうかね?

 

ま〜あケースバイケースということですね。

 

新成人の皆様今を大事にし、大きな視点で生きてくださいね!!

 

成人式で、つらつら思いました。

 

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